受験を経験した方なら一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。


こんにちは!

寿都町公設民営塾です。



いよいよ夏休み間近…


という言葉なのはなんとなくわかりますね。

「夏を制する者が受験を制する」とも言われます。


しかし「天王山」とはどういう意味でしょうか。

詳しい意味や、語源のエピソードを紹介します。

日本史、戦国時代が得意な人は知っているかもしれませんね。

得意でない人も、この出来事は有名なので安心してください。




1、「天王山」

勝敗や運命の重大な分かれ目、という意味です。

ここ一番の大勝負や天下分け目のことを指し、

スポーツの重要な試合やビジネスの局面、

受験などを象徴する比喩として広く使われています。



この「天王山」は比喩であり、慣用句ですね。

では、次は言葉の由来、つまり比喩や慣用句ではない「天王山」とは?





2、語源となった歴史エピソード


京都府乙訓郡大山崎町にある標高270メートルの山が「天王山」です。

1582年6月13日「山崎の戦い(天王山の戦い)」で、羽柴(豊臣)秀吉が明智光秀を破り、

天下人へと駆け上がるきっかけとなった重要な合戦場であることに由来しています。



1582年6月2日、天下統一を目前にして、織田信長は明智光秀の裏切りにあい、

京都・本能寺の変で命を落とします。


これは有名ですね。




それを知った秀吉(6月3~4日)は、交戦中の毛利氏と和睦を結び、

信長の敵討ちを掲げ、全軍を京都へと向かわせます(6月5日)


進軍する秀吉を京都の山崎という場所で迎え打つ光秀との戦いが「山崎の戦い」です。



これを戦いにおいての勝利を掴む条件の一つ「地の利」といいます。



…と、いうのが「天王山」のエピソードですが、

こちら、江戸時代の書物に書かれている内容です😅


当時の資料が少なかったのと、研究が進み、今では天王山の占拠争いは無かったらしいといわれています。

しかし、合戦の序盤に天王山で両軍が衝突したのは史実だそうです。

状況は秀吉軍(約4万)が有利になり、光秀軍(約1万6千)を破ります。

こうして山崎の戦いに勝利した秀吉は、着々と天下人へ。

一方、光秀は落ち延びる途中、落ち武者狩りの手によって命を落としました。




「天王山」については語句と歴史を併せて覚えると良いかもしれません。


◆夏休みはまとまった学習時間が確保できる!

◆学校の授業がストップするため、苦手科目の克服やこれまでの総復習に一気に取り組むことができる!


◆既習範囲を確実に定着させることが重要!

◆基礎の抜け漏れをなくす復習を優先!

◆過去問を数年分解いてみて自分の弱点を把握するのも効果的!

◆積み上げ学習である英語・数学は短期間での巻き返しが難しいため、夏休みのうちに優先して取り組む必要有り!



特に、英語・数学の2科目は配点が高く、差がつきやすい科目です。

他の科目とのバランスを見ながら、十分な学習時間を確保しましょう。

一度学習した内容は、時間をおいて繰り返し復習することで、定着しやすくなります。

夏休みのうちに知識を整理し、確実に身につけておきましょう。





まとまった勉強時間を確保できる夏休みは、

小学校1年生のたし算ができなくては、2年生のかけ算ができませんし、かけ算ができなくては3年生のわり算はできません。

学習はこのように、ずっと今まで積み重ねられてきたものです。



受験に必要な知識は、1年生・2年生から積み重ねていきます。

この時期の基礎が身についていないと、3年生で学ぶ内容の理解や応用が難しくなります。

そのため、1年生・2年生の時点でも、勉強時間を十分に取れる夏休みを利用して、基礎固めや苦手分野の克服に取り組んでおくことが大切です。





塾としては、夏期講習期間中に授業を入れたり、

自習に来て、いつでも質問のできる環境で学習したりすることをお勧めします!