授業ではなかなか答えられない質問
こんにちは!松坂です。
「先生、なんで三単現のときだけ動詞にsをつけるんですか?」
英語を教えていると、ときどきこんな質問をもらいます。とてもいい質問なのですが、授業中はどうしても「とりあえず、そういうルールだから覚えよう!」で終わらせてしまいがちです。
ちゃんと答えようとすると、英語の1000年以上の歴史をさかのぼることになるからです。
そこで今回は、普段なかなか説明する時間が取れないこの疑問に、ブログでじっくり答えてみたいと思います。
先に結論を言ってしまうと、三単現のsは、英語の中に残った「化石」のようなものです。
昔の動詞は「主語の名札」をつけていた
ずっと昔のヨーロッパの言葉では、動詞の最後(語尾)を見るだけで「誰がやったのか」がわかる仕組みになっていました。動詞が、主語の名札をつけていたようなものです。
スペイン語は、今でもその仕組みを残しています。「話す」という動詞を見てみましょう。
- (原形は “hablar”)
- hablo(アブロ) → 私は話す
- hablas(アブラス) → あなたは話す
- habla(アブラ) → 彼/彼女は話す
- hablamos(アブラモス)→ 私たちは話す
- hablan(アブラン) → 彼ら/彼女らは話す
動詞の最後を見るだけで、主語が誰なのかはっきりと分かるようになっています。だからスペイン語では、主語をわざわざ言わないことも多いんです。
日本語でも「昨日、映画見たよ」と言えば、「私は」を言わなくても通じますよね。日本語は話の流れで主語を省略し、スペイン語は動詞の語尾のおかげで主語を省略できる、というわけです。
英語も昔は「語尾だらけ」だった
実は英語にも、もともとはスペイン語と同じルールがありました。約1000年前の英語(「古英語」と呼ばれます)では、「愛する」という動詞がこんなふうに変化していました。
- ic lufie → 私は愛する
- þu lufast → あなたは愛する
- he lufaþ → 彼は愛する
- we lufiaþ → 私たちは愛する
(þ は「th」の音を表す、昔の英語の文字です)
ところが、英語はその後、この語尾がどんどんすり減っていきます。単語の最後は弱く発音されやすいので、だんだん聞こえなくなり、やがて消えてしまったようです。さらに、別の国・地域から来た人たちや、別の言語を話す人たちと混ざって暮らすうちに、文法がシンプルになっていったとも考えられています。
動詞の語尾で主語を区別できなくなると、困ったことが起きます。動詞だけ聞いても誰の話か分かりません。そこで英語は、主語を必ず言うようになっていきました。英語で「I」や「he」を省略できないのは、実はこれが理由だったようです。

なぜか「三単現のs」だけが生き残った
ほとんどの語尾が消えていく中で、なぜか一つだけ生き残ったものがあります。それが「三人称・単数・現在形」の語尾、つまり三単現のsです。
しかも、このsは最初からsだったわけではありません。もともとは「-eth」という形で、昔の聖書には「He loveth(彼は愛する)」のような書き方が出てきます。それが、イギリス北部の方言で使われていた「-s」にだんだん置き換わって、今の「He loves」になりました。
ここで考えてみてください。今の英語では、主語を必ず言いますよね。
- He plays tennis. (× Plays tennis.)
sがあってもなくても、主語が「He」なのは分かります。つまり今の三単現のsは、なくても意味が通じるんです。
(どうせ主語もちゃんと言うのだから、”He play tennis.” でもいいのでは…?という意見も、筋は通っています。)
昔はちゃんと役に立っていた仕組みが、役目を終えたあとも形だけ残っている。つまりは「化石」みたいなものなんですね。
「なんでこんなルールがあるの?」と感じるのは、決して悪いことではなく、むしろ自然な感覚と言ってもいいかもしれませんね。
じゃあ、なぜ「s」だけが消えなかったの?
ほかの語尾はなくなったのに、なぜ三単現のsだけは残ったのでしょうか。はっきりした答えがあるわけではありませんが、有力だと言われている理由がいくつかあります。
理由1:「消えにくい音」だった
昔の英語の語尾の多くは、「-e」や「-en」のような、弱くてぼんやりした音でした。こうした音は、実際の会話の中では、単語の最後で軽く発音され、ほとんど聞こえません。
一方、三人称単数の語尾は「-th」や「-s」という、息がこすれるような、はっきりした音でした。はっきり聞こえる音なので、最後まで残りやすかったと考えられています。
理由2:ライバルが「主語ごと」いなくなった
実は、ほかにも生き残りそうな語尾がありました。「あなた」を表す昔の主語「thou(ザウ)」につく「-est」です。「thou lovest(あなたは愛する)」のように使われていました。
thouとyouは、もともと人数で使い分けられていました。thouは目の前の「あなた」1人、youは「あなたたち」と複数の相手にだけ使う言葉です。やがて、1人の相手にも丁寧な言い方としてyouを使うようになり、thouは家族や親しい友だちに使う、くだけた言い方になっていきました。
(日本語の「あなた」と「おまえ、あんた」の関係に、少し似ていますね。)
ところが、「thou」という言葉そのものが使われなくなり、「you」にまとめられてしまいました。主語がいなくなったので、「-est」も一緒に消えてしまいました。こうして、動詞語尾の変化のパターンはさらに少なくなりました。
理由3:「正しい英語」として固定された
300年ほど前から、イギリスでは辞書や文法の本が作られ、学校で「正しい英語」が教えられるようになりました。その中で「三単現にはsをつける」というルールも、正式な決まりとして書き残されます。
一度「これが正しい」と決まると、言葉はなかなか変わらなくなります。もし文法書がなかったら、今ごろ「He play」が普通の英語になっていたかもしれません。

「s」を完全に捨てた言葉もある
「なくても通じるなら、なくしちゃえばいいのに」と思いますよね。実際に、そうなった言葉もあります。
たとえば、北ヨーロッパの国、スウェーデンの言葉です。スウェーデン語は英語の親戚ですが、主語が何であっても動詞の形は変わりません。
- jag talar → 私は話す
- du talar → あなたは話す
- han talar → 彼は話す
- vi talar → 私たちは話す
全部「talar」のまま。昔は古英語と同じように語尾が変化していましたが、時代とともに一つの形にまとまりました。お隣のノルウェーやデンマークの言葉も同じです。
ちなみに、イギリスの一部の地域の方言では、今でも「He go」のように言うことがあります。英語の中でも、化石がなくなりかけている場所があるんですね。
日本語のルールも変化し続けている
「英語ってコロコロ変わるんだな」と思った人もいるかもしれません。でも実は、日本語も負けていません。古文の授業で習うルールの中には、今の日本語からすっかり消えてしまったものがたくさんあるんです。
係り結び
古文で必ず習う「係り結び」。文の中に「ぞ・なむ・や・か」が出てきたら文の最後を連体形に、「こそ」が出てきたら已然形にする、というルールです。
- 花や咲きける(花は咲いたのだろうか。)
- 花こそ咲きけれ(花こそが咲いたのだ。)
昔は「ここを強調しているよ」「これは疑問だよ」と相手に知らせる、大事な仕組みでした。
ところが室町時代ごろには、話し言葉からほとんど消えてしまいます。今、私たちがふだん係り結びを使うことは、まずありませんよね。
二段活用
古文には「上二段活用」「下二段活用」という動詞のグループがありました。でも現代語の国語の教科書には、もう出てきません。グループごと、なくなってしまったんです。
古文:起く(上二段)
- 未然形:おきず
- 連用形:おきたり
- 終止形:おく。
- 連体形:おくる時
- 已然形:おくれば
- 命令形:おきよ
→ 「き(い段)」と「く(う段)」の2段を使う
現代語:起きる(上一段)
- 未然形:おきない
- 連用形:おきます/おきた
- 終止形:おきる。
- 連体形:おきる時
- 仮定形:おきれば
- 命令形:おきろ/おきよ
→ 「き(い段)」の1段だけ
古文の二段活用の動詞は、みんな「一段活用」というグループに引っ越しました。ほかのグループも合わせると、古文では9種類あった動詞の活用が、今の日本語では5種類にまで減っています。
活用の種類が減ってシンプルになったという点で、英語の語尾が減っていった話とよく似ています。
今まさに変わりつつある「ら抜き言葉」
ルールの変化は、昔だけの話ではありません。今この瞬間も、日本語は変わり続けています。その代表が「ら抜き言葉」です。
「見られる」「来られる」が正しくて、「見れる」「来れる」は間違い。教科書にはそう書いてあります。でも、ふだんの会話では「見れる」「来れる」を使う人がとても多くなっています。
(かく言う私も、よくよく考えてみると、普段から「ら抜き言葉」をたくさん使ってました。なんの違和感もなく。)
これには、ちゃんとした理由があります。「見られる」だと、次の2つの意味の区別がつきにくいんです。
- 「見ることができる」(可能)
- 「誰かに見られてしまう」(受け身)
一方、「見れる」と言えば「できる」の意味だとすぐにわかります。言葉が、より便利な方向へ変わろうとしているとも言えるんですね。
今は「ら抜き」と呼ばれていますが、100年後には「見れる」が正しい日本語になっているかもしれません。そのとき、「見られる」は三単現のsのように、昔の名残として扱われているのかもしれませんね。

まとめ:ルールの裏には歴史がある
- 昔の英語は、動詞の語尾で「誰がやったか」を表していた
- 語尾がすり減ったので、代わりに主語を必ず言うようになった
- 消えにくい音だったことなどから、三単現のsだけが「化石」として生き残った
- 日本語も、係り結びや二段活用が消えるなど変化し続けていて、ら抜き言葉のように今まさに変わりつつあるルールもある
「三単現のsには深い理由がある」と思っていた人には、ちょっと拍子抜けだったかもしれません。
でも、「意味はないけど、長い歴史の名残で残っている」と知っていると、ただの暗記よりずっと覚えやすくなるはずです。
次に「He plays」と書くときは、1000年以上の英語の歴史に、ちょっとだけ思いをはせてみてください。
他にも「なんで?」と思ったことがあったら、ぜひ自分でも調べてみてください。おもしろい話が見つかったら、先生にもこっそり教えてくださいね。




